さぁ、新たな自分へ

つべこべ言わずに、まずこの1年を振り返ろうと思います。

中3

1月 1月3日に1人で原爆資料館行く。初めて市外に1人でいった

   友情のライブラリー。本を779冊集めて寄付。

2月 東京。友情のレポーター報告会。会場のみなさんと1つになれて、本気でやれば相手は必ず答えてくれると知る。東京の某男子高校生に刺激を受けまくる。ノートに書いた。「世界に置いてかれんぞ」

3月 卒業。卒業式でピアノ。

  地域と世界をつなげたいと思い始める

  初の国際協力イベント参加@長崎。質の低さに失望して全国を見てやると決める。

  定演で初ソロ。

  初めてのひとり県外。博多。

 津屋崎。伝えること、語ることの真髄、喜び、美しさを学ぶ。優しさとは何か。温かさとは何か。人生とは何か。一生付き合っていきたいと思う人に出会う。

4月 入学。仲良し三人でハイクラ‼ 新入生宿泊研修でクラスメイトの前でUWC合格を宣言。

  数学の教師の授業が本当にわかりにくい。4時間予習するも分からずバスで号泣。見かねた中学の担任が手紙をくれる。EFチャレンジ動画作成。

5月 Twitterをがちる。同学年の活躍に刺激と焦り。中間考査前日の夜、団体設立を決意。Isahaya High and High Schools Projectメンバー募集開始。16名が参加。  いろいろ応募しまくって某英語教師と仲良くなる。

6月 「新しい国際協力」参加。同じ夢を志す同学年にテンション爆上げ。夜の渋谷を一人で闊歩。

EFチャレンジ決勝で惨敗。初めて帰国子女を目の当たりにし、私のいる世界ではないと悟る。

今井紀明さんの講演会運営。部活がちる。

7月 「おこしWings」正式設立。運営がうまくいかない。衝突。ストレスで6Kg太る。病む。

部活、コンクール。大好きな先輩の引退。

8月 8日 おこしWings大会議。ようやく歯車が動き始める。

  9日 原爆の日

  10日~13日 香港中国一人旅。初めてひとり海外。

  14日~23日 HLAB。最高の夏。

  26日 初イベント、フェアトレード工作教室。

  28日 Stanford E Japan初授業。必死にくらいつく

9月 1日 SNS、娯楽、人間関係を断つ。部活を休部。UWC受験にすべてを懸けることを決意。スタプラで仲間ができる。

10月 各種国際協力フェスタ出品。勉強。両立の苦しさで本当に病む。軽い鬱症状。

11月 中高生音楽フェス「I FES」大成功。

   勉強。

12月 勉強。UWC受験。

  ラオスUWC不合格

 

濃い。濃すぎる。スピード感が凄い。1年前の自分は、こんな未来想像したでしょうか。しなかった、というかできなかった。市外に1人で行ったことがなかった少女が1人で国外へ行くようにもなりました。勉強しかしなくてプライドと夢しかなかった私に、「憧れです」と泣いてくれる子が出来ました。

中学生のころたくさんやってみたいことはあったけど、だいたい高校生だけ。だから、2018年はチャンスが与えられているもの、やりたいこと全部やると決めました。そして、それを模造紙に書き込みました。その結果、すべてやり遂げました。ただ1つ、リストの一番上にあるもの以外。

「UWCに合格する」これは中二の時からの私のすべてでした。どんなに辛いことがあっても、UWCに合格できると信じて頑張りました。一種の宗教のような存在でした。UWCが大好きで、在校生の名前も出身校もほぼ全員言えます。中学の頃は暇な授業はUWCのある国名をノートに書いて妄想を広げていました。HLABもその他のプログラムも全部全部、本当の動機の影には「UWC受験で有利になりそう」というのがあったように思います。青チャートも単語帳もボロボロになって字が見えなくなった。夢にも数学が出てきた。9月以降は1日13時間は勉強した。体育の時間も単語カードを眺めた。毎日UWCのプロモと松岡修造で起きた。チョコを食べる時も「UWC」にあやかって3つだけ食べた。部活も辞めた。恋も。友人も。捨てた。文字通り、私の人生のすべてをつぎ込んだ。あるUWC卒業生はおっしゃいました、「いまでも時々UWCに落ちた時の夢を見る。そして目が覚めて、大丈夫だ、僕はあの場所に行けたんだと安心する。映画のような2年間だったよ。」世界中から集まる仲間と寮生活で夜遅くまで語り合う、その夢のためにすべてを捨てた。

それでも、あっけなく私の夢は散っていきました。

神様は、私を見捨てたのでしょうか。最初は、わたしもそう思いました。生き地獄でした。正直もう一度挑戦できるチャンスがあるなら死なせてくださいと。

でも、違うと思うのです。神様は私に教えてくれたのだと思います。

「人生のすべてに意味がある」と。

私がこの3年間すべてを勉強に費やして数学につぎ込めば、きっと受かっていたでしょう。事実、在校生にも一次合格者にも「あまりUWCのこと知らなかったけど受けたら受かった」という人はたくさんいます。皆さんは、私が楽勝で中学受験を突破し中学高校で校外を飛び回っている間、当たり前のように努力してきた方たちなのだと思います。数学の力は、詰込みの勉強じゃ点数は伸びません。普段から丁寧にテストを受けて、「確実に獲る」という感覚を普通にしないと結果はでません。

対して私はというと、認めたくはありませんが自分らしく生きようとする中で少なからず数学やStudyの勉強の中でいい加減になってしまった、平均を超えればいいやと手を抜いてしまっていた部分がありました。その人生の蓄積が、回答に表れたのかなと。

なぜこのようなことをいっているのかというと、その数学の回答こそが私の今の欠点だからです。やりたいことをやっているうちに、気が付かないうちに身の回りの人、ものをいい加減に扱っている自分。これくらいでいいや。これくらいばれないだろう。頑張っているんだもの。大目に見てよ。これこそが、2018年に置いていきたいものたちです。

でも、私はあまり後悔していません。直後は死んでもかまわないと思いましたが、今は自分の人生を心から愛しています。UWCを目指してがむしゃらになっていく過程で、大切な人たちに出会えたからです。諫早高校。HLAB。津屋崎。国連派遣。友情のレポーター。おこしWings。振り返ってみると、そこで言葉を交わした方々すべて「未来のUWC生」の私ではなく、「山邊鈴」とまっすぐに向き合ってくださいました。もしUWCに受かっていたらそのことに気が付けていなかったはずです。神様は、わたしに最高の「不合格」というプレゼントをくださいました。合格していたら見えていなかった景色を、楽しんでいこうと思います。

この1年、私を支えてくださったものは、ただ1つ。みなさんの「やさしさ」です。私が楽しい時もうれしい時も怒っている時も悲しい時も苦しい時も。みなさんの優しさが私に生きているという実感をくださいました。2019年の目標は、「優しい人になる」ということです。いい加減にせず、丁寧に生きる。他人への思いやり。でも、今年の勢いと挑戦する心は忘れず。自分に優しく、自分らしく、やりたいこと全部やる。私の人生を私として生きる。

 

この1年、本当にお世話になりました。本当に、ありがとうございました。

2019年の私の成長を楽しみにしていてください。私も、これからの私の人生が本当に楽しみです。

「今をいきろ、少年。人生を普通で終わらせるな」

1年後の自分へ。後悔のないよう、やりきれましたか?